1979年何とか公立高校に進学した俺は迷わず、軽音楽部に加入した。見学にいったさいに先輩バンドが演奏していたのは、チューリップの「心の旅」と、カルメンマキ&オズの「私は風」・・・時代である。 そこで友人から紹介されたのが、木村君 まさか まさかの三十数年の付き合いになるとは、トホホホホのホ・・・当時は思いもしなかったのである。 彼の提案で生まれて初めてバンドを組んだ。 夏休みの教室で飽きもせずに、ビートルズのゲットバック一曲のみを、繰り返し練習したもんだ。 だがしかし二年に進級すると奴はいずこともなく姿を消しやがった! 人知れず転校しやがったのだ。 ポールマッカートニーが入国出来なかったのがショックだったのか・・・いやいやまぁ家庭の事情ってやつやろう。 俺達は十六歳だった・・・ドクターフィールグッドも見たし、ジャムも見た、ポリスも見たし、RCも見た、じゃがたらも見たし、何故かフォリナーなんてバンドまで一緒に見たのだ。奴は言った「軽音じゃなく、バンドを作ってライブハウスに出ようや」 寝耳に水である。 「そんなん無理やん」 と俺、しかし奴は執拗だったのだ・・・・ 続くよん たぶん
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