2010年11月15日月曜日
忌野清志朗さん。
そんなに、熱心なファンじゃあなかった。RCを見たのは一回こっきり、おぼろげな記憶をたどれば、あれはおそらく81年頃、京都会館第二ホールだったろうか?最初に出て来て客を煽ってた、チャボの事をてっきりキヨシロウだと思いこんでた・・・・ラジオで「シングルマン」の再発運動が展開されていたり、音楽雑誌で東京のライブシーンを賑わしてjるバンドらしい、てな情報は頭に入ってたと思う。「ラプソデイー」は聞いてたかなぁ~「プリーズ」が出たか、出ないか、そんな頃。かれこれ30年くらい前だもんねー それからも周りに大ファンがいたりしたので、嫌でも時おり耳には入っていたんだけど、大抵の場合そのレコード(八十年代はねぇ・・)の音色が好みではなく聞き込んだ覚えがない。なんか安っぽいリバーブが全体を支配してる感じでねぇ。ラストの「ベイビーアゴーゴー」は別かな~ドライなミックスだし。 で・も・ね~日本語で跳ねたリズムで自分の心に去来する様々な事を、唄おうとする時「清志朗さん」の影響をうけないでいる事は不可能に近いねぇ~本当の意味での、イノベェーターやんねぇ。生前からそれは感じてたよ、ホンマに!異国の音楽にどっぷりつかりながら、ポンニチである自分と正直に向き合い、かつ、ファン気質丸出しで、夢を見ながら現実に対処する。忌野清志朗さんの、白鳥の唄 「オーラジオ」を聴きながらそんな想いにふける晩秋の夜でやんした。
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