2010年12月13日月曜日
1984年 夏 阿部君のこと
1984年の夏、平均年齢二十歳の我々四人は大塚のオレンジスタジオでバンドの練習にあけくれていた。「ディジーミスリジィー」 「マネー」 「グロリア」・・・そんな曲をやっていたんだが、ベース担当の俺は腕がいちばん未熟だったためた、ただただリードギターの阿部君のフレーズをおっかけていただけだった。 今まで知らなかったこの感じ、彼のギターに合わせて弾くと自分が何だかうまくなった様な気さえして・・・今までしらなかった世界につれていかれるのだった。 弱冠19歳の彼がテレキャスターから繰り出すフレーズはブルースやカントリーの滋味豊かな世界を翻訳機にかけずに、純粋培養したもので軽くあくまで軽やかにスィウィングするもので メンバーの誰よりもアフタービートを感じさせながらだれよりも前のめりに進んでいくのだった。 ドラムのツトムちゃんもベースのおれも、リズムギターの渡辺君も彼を追っかけるのみ・・・そんなバンドが長続きするはずもなく、阿部君はこのバンドを脱退したり再加入したりを繰り返すのだが・・・軽くオープンGにしてくわえ煙草で100円ライターで絶品のスライドギターを聴かせてくれた阿部君 空手着が似合う女の子と付き合いたいと恥ずかしそうにしてた阿部君 どんな曲でもリクエストに応じて弾いてくれた阿部君 ジミーヘンドリックスの事を絶対ジミヘンと言わなかった阿部君 一年違いながら俺と誕生日が一緒だった阿部君 中学中退だった阿部君 インテリ家庭のはみ出し者だった阿部君 あれ以来消息不明だけど・・・・どうしてるかなぁ ギター弾いてるだろうか? 僕は君のギターが大好きでした。
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